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「ぼくきっとまっすぐに進みます。きっとほんとうの幸福を求めます。」ジョバンニは力強く言いました。
「ああではさようなら。これは例の切符です。」
博士は小さく折った緑いろの紙をジョバンニのポケットに入れました。
そしてもうそのかたちは天気輪の柱の向こうに見えなくなっていました。
ジョバンニはまっすぐに走って丘をおりました。そしてポケットがたいへん重くカチカチ鳴るのに気がつきました。林の中でとまってそれをしらべてみましたら、あの緑いろのさっき夢の中で見たあやしい天の切符の中に大きな二枚の金貨が包んでありました。
「博士ありがとう、おっかさん、すぐ乳をもって行きますよ。」
ジョバンニは叫んでまた走りはじめました。何かいろいろなものが一ぺんにジョバンニの胸に集まってなんとも言えずかなしいような新しいような気がするのでした。
琴の星がずうっと西の方へ移ってそしてまた夢のように足をのばしていました。
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ブルカニロ博士の話はここで終わる。
最初に書いたように、第四次稿の次の二つの文のあいだに、文庫版で4ページほどにもなる深遠な物語が挿入されていたのだ。
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もうそこらが一ぺんにまっくらになったように思いました。
ジョバンニは眼をひらきました。もとの丘の草の中につかれてねむっていたのでした。
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不意に現れて、あっという間に天気輪の向こうに見えなくなった博士は何者だったのか、どこか人間を超えた存在のように見える。
ブルカニロ博士は、エンデの『モモ』に出てくるマイスター・ホラに似ているという話があるが、私もそう思った。
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・・するといきなりジョバンニは自分というものが、自分の考えというものが、汽車やその学者や天の川や、みんないっしょにぽかっと光って、しいんとなくなって、ぽかっとともってまたなくなって、そしてその一つがぽかっとともると、あらゆる広い世界ががらんとひらけ、あらゆる歴史がそなわり、すっと消えると、もうがらんとした、ただもうそれっきりになってしまうのを見ました。だんだんそれが早くなって、まもなくすっかりもとのとおりになりました。
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この箇所など、モモがマイスター・ホラの腕に抱かれて見た「時間の花」が次々と咲いては消える池の情景を思わせる。これは、賢治もエンデも、ある同じ根源に触れたことで似た表現になったのだろうか。
そうしてジョバンニが元の場所に戻った時、そこでは星の位置はさっきとそれほど変わっていないようだった。
ブルカニロ博士の話も銀河鉄道の旅も、夢と言ってしまうにはあまりに深く、ジョバンニは肉体を草地に置いたまま時空を超えた魂の体験をしていたというのが確かな気がする。
宮澤賢治はなぜブルカニロ博士の話を削除してしまったのだろう。
『銀河鉄道の夜』自体が未完ということなので、もっと長く生きていたらさらに改稿が重ねられて、どこかで再びブルカニロ博士が復活することもあったかもしれない。
posted by Sachiko at 22:08
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宮澤賢治