『ムーミン谷の11月』より。
ムーミンファミリーが留守中のムーミン屋敷に、次々と人が何かを探しに訪れる。その中のひとりホムサ=トフトは、憧れのムーミンママに会いに来たのだ。
ムーミン家の人たちは、腹を立てたり憂鬱になったりひとりになってせいせいしたいときには、家の裏手にある気味のわるい森の中に入るのだと、ミムラが言う。
ムーミンママはそんな人じゃないと、ホムサ=トフトは叫ぶ。
トフトはムーミンママを理想化している。
帰ってこないムーミン一家を待ちきれずに腹を立てたホムサ=トフトは、裏庭を通り越して薄暗い森の中へ駆け込む。
ここはみんなが暗い想いを抱いて歩き回るだけの「怒りの森」なのだ。
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ムーミンママは、くたびれたり、はらがたったり、がっかりしたり、ひとりになりたいときには、あてもなく、はてしなくうす暗いこの森の中を歩きまわって、しょんぼりした気持ちをかみしめていたんだ.....ホムサ=トフトには、まるっきりいままでとはちがったママが見えました。すると、それがいかにもママらしくて、自然に思えました。
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けっして理想郷ではないと言われるムーミン谷が、それでもどこか理想郷のように見えるのはなぜだろう。
『・・・ムーミン谷は、けっしてユートピアでもないし、おとぎの国でもありません。
--中略--それにもかかわらず、ムーミン谷には、どんな強烈な個性の持ち主であっても、だれもが、自分らしく、自由に生きられる世界があります・・・』(あとがきより)
浅薄な理想-----泣いている人や怒っている人がいなくて誰もがいつもニコニコ笑っていてみんな仲よくしている-----は、怒りの森よりもはるかに薄気味が悪い。
と思っていたら、ドンピシャの言葉を見つけた。
なぜ、「みんな仲よく」という思いが、
かえって本音を言えない空気を生み出してしまうのか。
仲よくする必要があるのは、心地よいものばかりではない自分の内界の存在たちだ。
だからムーミン谷は魂の世界に似ている。
必ずしも仲よくなく、理想的な善人でもない、あらゆる形姿を持つ奇妙な人たち。
フィリフヨンカとガフサ夫人は、本心では互いのことが好きではないのに“社交的なおつき合い”を続けている。
ヘムレンさんは人に命令して動かそうとするのが好きでひんしゅくを買っている。
みんなから怖れられる、暗く冷たい怪物のようなモランもいる。
その中でほとんど理想的に見えるムーミンママも、裏手に「怒りの森」を持っている。
ムーミン谷には、それらすべてを非難も評価も排除もせずに包み込む“何か大いなるもの”が存在するように思える。
それがムーミン谷をどこか理想郷のように思わせ、人々は自由に安らぐことができるのだろう。
posted by Sachiko at 21:30
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ムーミン谷