とても久しぶりに『指輪物語』から。
ガンダルフを失った旅の一行は、ロリエンの都に入った。
数日滞在したのち、出発の日にガラドリエルの奥方は、ひとりひとりにふさわしい贈り物を与える。
アラゴルンには緑色のエルフの宝石、ボロミアには金のベルト、メリーとピピンには小さな銀のベルト、レゴラスにはこの地のエルフの弓矢、サムにはガラドリエルの庭の土が入った小箱。
「してドワーフはどのような贈り物をエルフに所望されるだろうか?」
ギムリは何も所望せず、ガラドリエルに会えて言葉を頂けただけで十分と答えるが、ガラドリエルは、欲しいものがあるならそれを言うように命じる。
「・・・こんなお願いをすることを、いえ、お願いではありませぬ。ただ口にすることをお許しいただけますなら、奥方様のお髪を一筋いただけましたらと、存じます。
―――わたくしはこのような贈り物をいただきたいとは申しませぬ。ただわたくしの望みを口にするようにお命じになりましたので。」
エルフたちが驚く中、奥方は髪の毛を三本切り取ってギムリの手に置いた。
そして最後にフロドに光を集めた水晶の瓶を渡すと椅子を立ち、一行は船着場から小船に乗り込んだ。
旅の一行それぞれに贈り物が用意されていた中、なぜかギムリだけが望むものを言うように命じられる。
ギムリの答えは、望むのではなく、ただその望みを口にするだけ。
「お願いではありませぬ。ただ口にすることをお許しいただけますなら....」
そして、それは叶えられた。
人間、エルフ、ドワーフ、ホビット...
それぞれの種族から集められた旅の仲間の中で、私はドワーフのギムリにあまり関心を持っていなかったけれど、この願いの場面はなぜか印象に残っている。
ガラドリエルには、それぞれが必要とするもの、ふさわしいもの、役立つものが見えていた。が、ギムリの願いはそのようなものではなかった。
「・・・地上の金をことごとく集めても奥方様の髪の毛一筋には及びませぬ。」
一筋の髪は、ガラドリエルに対する、言葉にもかたちにも表しきれない最高の敬意と賛美の象徴なのであり、故にこの贈り物は、あらかじめ用意しておくことのできないものだったのだ。
ロリエンの地が見えなくなった後、ギムリは言った。
「わたしはいちばん美しいものの見おさめをしてきた。
これから後、わたしはいかなるものも美しいとは言うまい。奥方からいただいたこの贈り物をのぞいては。」
フォークロアの中のエルフやドワーフは、妖精や鉱山の小人として描かれるが、この『指輪物語』においてはどの種族も超自然的な存在ではなく、ある意味みんな「人間」である。
そしてファンタジーの語り口は、高貴なエルフも邪悪なオークも他のすべての存在も、壮大なタペストリーの中の欠かせない図柄の一部として物語を彩らせる。
posted by Sachiko at 22:11
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