「町かどのジム」(エリノア・ファージョン)

1934年に書かれた、古い時代のモノクロ映画を思わせるようなお話。
町角のポストの横に置かれたミカン箱に、年老いたジムはいつもすわっていた。
8歳のデリー少年は、ジムはそこでずっと通りの番をしているのだと思っていた。だからいつも安心だ。
ジムが身に着けているものは、みんな近所の誰かからもらったものだった。通りに住む人はみんなでジムの世話をしていた。
ジムは今年の8月10日で80歳になる。
デリーが「誕生日には何がほしい?」ときくと、ジムは「海を見ることだよ」と答えた。
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この通りにすむだれがとおっても、ジムは、うれしそうに顔をほころばせて、「ちょうだいした長ぐつですよ、だんな。」とか、「ちょうだいしたくつしたでさあ。」とか、「ちょうだいしたえりまきですよ、おじょうさん。」とか、いうのでした。
そんなわけで、ジムは、この通りにはなくてはならぬ人でした。ここにすむみんながそう思っていました。
だれでも、このかどをまがるときは、まるで、じぶんの一部が、ジムといっしょに、ミカンばこの上にすわっているような気がするのでした。
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本の中でジムについて書かれているのは最初と最後の章だけで、あとは、ジムがデリーに話して聞かせるたくさんの面白いお話でできている。
それはジムが子供の頃や、船乗りだった頃のお話だった。
畑に落としたベーコンサンドイッチから、ベーコンサンドイッチの木が生えてきたり、人の欲しがるものは何でもある「ありあまり島」の王さまになった話、南極のペンギンと仲よくなったり、インド洋では虹色の大ウミヘビに遭遇したりと、突拍子もない話ばかりなのだが。
ジムの誕生日、ジムは町角にひとりぼっちで座っていた。
仲よしの子どもたちはみんな、海や山や田舎に行ってしまっていた。
過ぎ去った日のことを考えているうちに居眠りを始めたジムは、いろいろな夢を見た。
夢の中にデリーが現われて叫んだ。
「おたんじょう日おめでとう、ジム!」
目を覚ますと、目の前に海岸へ行っていたはずのデリーがいた。
パパの車で、誕生日のお祝いを言いに来たのだ。
そして、いっしょに車で海岸へ行って二週間滞在する手配をしてあるという。
ジムが誕生日には何よりも海のにおいをかぎたいと言っていたからだ。
車はジムを乗せて走りだした....
老人が物語を語り、子供が目を輝かせて聞き入る。
今はもうほとんど見ることのなくなった光景だ。
ジムは、食べるものや寝るところはどうしているのだろう。
それもきっと近隣の人々がめんどうをみて、誰かがどこかに小さな部屋でも提供しているのだろうか。
舞台は田舎町ではなく大都会ロンドンなのだが、物語に流れる空気は、体温や息づかいのように温かい。
これもファージョンの本ではおなじみの、エドワード・アーディゾーニが挿絵を描いている。
posted by Sachiko at 22:26
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児童文学