2024年10月24日

緑色の長い髪

「リビイが見た木の妖精」(ルーシー・M・ボストン)より。

家に戻ってお茶の時間が済んだあと、みんなは気がかりだった木のようすを見にでかけた。
土手の下は削り取られ、地割れも大きくなっていた。

激しい風が吹いて木は大きな音を立てて倒れた。
ジューリアさんはため息をついた。
「もう二度と月があの木を照らすことはないんだわ。」

その夜リビイは寝つけなかった。
ベッドから出て庭を見に行くと、月光が美しく木立を照らしていた。

“くものす”を呼んで伸ばしたリビイの手に触れたのは、地面にうずくまっている少女だった。すぐに、誰だかわかった。


カーテンの木のもようの中に見えた顔、陶製の置物のドリュアース....
そしてついに、リビイは本もののドリュアースに会う。

庭に出る前、なかなか寝付かれなかったリビイは、夢とうつつが交じりあっていた。
このドリュアースは夢?それとも....
『グリーン・ノウ』もそうだったように、現実からファンタジーへ、グラデーションのように移っていくプロセスは、ルーシー・M・ボストンならではの自然さに見える。

リビイは泣いている少女をなぐさめながらベッドに連れていき、樹のもようのカーテンを閉めた。
そして少女の長い髪をブラシでとかしつけているうちに少女は眠ってしまい、リビイもこの子といっしょに眠った。


リビイにとって、ドリュアースがそこにいることがあまりにも自然に見えるこの夜の出来事は、なんとも不思議で純粋に美しい。
大きな木を失って悲しんでいる、浅黒い肌と濃い緑色の髪の少女。
ジューリアさんが紹介してくれた陶製のドリュアースの姿そのものだ。

この世界と、その背後にある別の世界とのはざまで、時に不思議なものたちが一瞬姿を見せる。
ほんものの田園には、そんなあいまいな空間があちこちに開いているにちがいない。
posted by Sachiko at 22:04 | Comment(0) | ルーシー・M・ボストン
2024年10月07日

田園の精たち

「リビイが見た木の妖精」(ルーシー・M・ボストン)より。

ふたりは土手の大きな木を見に行った。
地割れは大きくなっていて、風が吹くとめりめりという音がした。

「倒れてはだめよ。しっかりがんばってね。」
ジューリアさんは木に声をかけた。

このあと滝を見に行くのだが、その道すがらの景色がすばらしい。
リビイはすべてのものが違った香りを持っているのを楽しむ。
ワラビ、イチイ、野バラ....ナナカマド、シモツケソウ...
石にさえ香りがある。

森の中は、木の葉や肥えた土の強い香りがする。そして滝の音。
リビイはこの水の音楽をいつまでも聴いていたいと思った。

「滝の精っている?」
「いるかもしれないわね。山の精ならきいたことがあるけど。」


ほんものの田園は、感覚を研ぎ澄ます。
植物や鳥や虫たちの名前を知らなくてもそれらを楽しむことができるけれど、知っていたら(単に知識としてでなく)、より親しいものに感じられる。名前を知っている友達のように。

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いまではリビイには、岩にも、空気にも、水や木にも精がいて、それに、オオカミや、ヒキガエル、羊や、フクロウのすがたになってあらわれる精もいると思われてきました。
そんなふうに考えていくうちに、リビイはとほうにくれてしまい、もうこれ以上はたくさんだと思いました。
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ジューリアさんが若きルーシー・M・ボストンを思わせるように、感受性豊かなリビイもまた、幼い頃のルーシー自身なのだろう。

かつて、子どもたちはもっとたくさんの生きものを見たことがあり、その名を知っていて、それらは子どもたちの生活に属していたはずだ。
田園の思い出は、乾いた体を潤す山の涌き水のように、魂を甦らせる気がする。
posted by Sachiko at 22:33 | Comment(0) | ルーシー・M・ボストン