子供たちが道を上ってきた
炭火の炎の上を歩いて
親を呪った彼らの魂に
神の憐れみがあるように
痛みの法廷で
裁きが下される
恥辱の館へ私は向かった
魔女たちが群がっている場所へ
私は彼らが深紅の血にまみれているのを見た
邪悪なものを身にまといながら
ブロックスヴァリンで
裁きが下される
地獄の底では灼熱が燃えさかる!
想像を絶する熱さをもって
彼らは大釜の上に屈みこみ
罪人の死体を投げこんだ
ブロックスヴァリンで
裁きが下される
新年早々何だかおどろおどろしい箇所に来てしまった。
以前読んだ解説では、オラフ・アステソンの夢の歌に出てくる煉獄の描写は、懲罰というよりも調整的な仕方でそこを通る、という話だった。
このような場所のことは、キリスト教でも仏教でも伝えられている。
死後の魂の旅についてシュタイナーもかなり詳しく語っているが、その恐ろしげな場所に似た性質が自分の魂の中になければ、ほとんど影響を受けることなく通過し、似た性質が多ければその場所に長くとどまることになる、ということだ。
最終的には炎で灼かれることで魂が浄化される。
コルドロン(cauldron)と呼ばれる大釜は、ウェールズの神話に出てくるのだけれど、そこでは魔力を持った大釜のことだった気がする。
広く北ヨーロッパ地域でこの名の大釜伝説が伝わっていたのか、夢の歌が古ノルウェー語からドイツ語に訳され、さらに英語になった時にこの名が採用されたのだろうか、とも思う。
2025年01月01日
Dream Song-8
posted by Sachiko at 22:10
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