寒さが緩み、土の中に潜んでいた虫などの小さな生きものが目覚めて活動を始める頃...ということだが、それは本州の話で、こちらはまだもう少し雪が続きそうだ。
二十四節気をさらに分けて季節の折々の事象を表した、七十二候。
近いところでは、3月10日が“桃始笑”(ももはじめてさく)、3月15日は“菜虫化蝶”(なむしちょうとなる)....
これらの言葉は、私が数年来使っている「イン・ヤン・カレンダー」という、和暦と月の満ち欠けが載った小さなカレンダーに書かれている。
今はもう耳にすることもなくなった、季節の言葉たち。
四季折々の自然の変化や、毎日の月のフェイズは、昔の人の暮らしに溶け込んでいた。
そのことは無意識のうちにでも、人間が自然の一部であり、からだやこころが自然のリズムとともに生きていると感じられていたことだろう。
農作業は旧暦に沿って行うとうまくいくと言われている。
明治の初め頃まで使われていた太陰太陽暦は自然の理にかなったものだったが、社会が西洋化しその構造が変わるにつれて、いろいろ不都合が出てきたのだ。
今世界中で使われているグレゴリオ暦は、宇宙のリズムにも身体のリズムにも合っていないという。シュタイナーも、365というのは悪の数字であるとか言っていたような。
日本の新しい祝日などは、もはや社会の都合によってだけ決められている。(私は、祝祭日は基本、季節行事だけでいいと思っている。)
今の文明が終わり全く新しい世界が現われて、いつかまた改暦されることがあるだろうか。
太陽と月と星々と、季節の巡りと生きものたちのいとなみと....
もういちどそれらとともに、宇宙のリズムとも身体のリズムとも調和する時間の在り方が取り戻せたらいいな、と思う。
二十四節気、次は3月20日の春分で、これは大きな節目となる。
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