『銀河鉄道の夜』は宮澤賢治本人によって何度か改稿されていて、今出回っている本の多くは第四次稿だ。
ブルカニロ博士は、そのひとつ前の第三次稿にだけ登場する。
私の手元には『銀河鉄道の夜』が収録された本が三冊あり、その中の、高校生の時に買った一番古い本に第三次稿が入っている。
「カムパネルラ、ぼくたちいっしょに行こうねえ。」
ジョバンニがそう言って振り返ると、もうカムパネルラの姿はなく、ジョバンニははげしく泣きだす。
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もうそこらが一ぺんにまっくらになったように思いました。
ジョバンニは眼をひらきました。もとの丘の草の中につかれてねむっていたのでした。
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第四次稿でこのように書かれている二行のあいだに、古い稿ではブルカニロ博士との対話が入る。
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「おまえはいったい何を泣いているの。ちょっとこっちをごらん。」いままでたびたび聞こえた、あのやさしいセロのような声が、ジョバンニのうしろから聞こえました....
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セロのような声が最初に登場するのは、『銀河ステーション』の章だ。
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「アルコールか電気だろう。」カムパネルラが言いました。
するとちょうど、それに返事をするように、どこか遠くの遠くのもやのもやの中から、セロのようなごうごうした声が聞こえてきました。
「ここの汽車は、スティームや電気でうごいていない。ただうごくようにきまっているからうごいているのだ。ごとごと音をたてていると、そうおまえたちは思っているけれども、それはいままで音を立てる汽車にばかりなれているためなのだ。」
「あの声、ぼくなんべんもどこかできいた。」
「ぼくだって、林の中や川で、何べんも聞いた。」
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銀河鉄道は何らかの動力ではなく「ただうごくようにきまっているから」、つまり宇宙の摂理のようなもので動いている。
そしてこのセロのような声を、ジョバンニもカムパネルラも、銀河鉄道に乗るまえに、何度も聞いているらしい。
しかも、林の中や川という少年たちの日常の景色の中で、セロのような声が響いていたという、なんとも不思議な話だ。
その声が、カムパネルラを見失ったあとのジョバンニにまた語りかけてくる。
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さっきまでカムパネルラがすわっていた席に黒い大きな帽子をかぶった青白い顔のやせたおとなが、やさしくわらって大きな一冊の本をもっていました。
「おまえのともだちがどこかへ行ったのだろう。あのひとはね、ほんとうにこんや遠くへ行ったのだ。おまえはもうカムパネルラをさがしてもむだだ。」
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今度は声だけでなく、姿かたちのある人物が現われる。
その人はジョバンニのこともカムパネルラのこともよく知っているようなのだ。
このあと、その人はほんとうの幸福について、そして長い時を超えた地理や歴史について語り始める。
それは地球の時空を上から眺めているかのような深い印象を受ける話なのだけれど、この部分についてはまた次回に。
2025年10月17日
ブルカニロ博士・1
posted by Sachiko at 22:23
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| 宮澤賢治
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