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そのひとは指を一本あげてしずかにそれをおろしました。
するといきなりジョバンニは自分というものが、自分の考えというものが、汽車やその学者や天の川や、みんないっしょにぽかっと光って、しいんとなくなって、ぽかっとともってまたなくなって、そしてその一つがぽかっとともると、あらゆる広い世界ががらんとひらけ、あらゆる歴史がそなわり、すっと消えると、もうがらんとした、ただもうそれっきりになってしまうのを見ました。だんだんそれが早くなって、まもなくすっかりもとのとおりになりました。
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この箇所は、「春と修羅 序」を思い起こさせる。
この詩をまた別の言葉で表しているかのようだ。
わたくしといふ現象は
假定された有機交流電燈の
ひとつのい照明です
(あらゆる透明な幽靈の複合體)
風景やみんなといっしょに
せはしくせはしく明滅しながら
いかにもたしかにともりつづける
因果交流電燈の
ひとつのい照明です
(ひかりはたもち その電燈は失はれ)
それらも畢竟こゝろのひとつの風物です
(すべてがわたくしの中のみんなであるやうに
みんなのおのおののなかのすべてですから)
自分という存在が、他の全てといっしょに光っては消え、また光っては消え、それらすべてを包む大いなる時空もまたそのように光っては消え....
何度読んでもこれはもう、何か感想を述べようとすることもいらない、ただただそうあるとおりにあって、---すっと消えると、もうがらんとした、ただもうそれっきり---を感じるしかない。
2025年12月06日
ブルカニロ博士・5
posted by Sachiko at 16:06
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| 宮澤賢治
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