以前紹介した、ドイツの風景写真家キリアン・シェーンベルガー。
まだ地球にはこんなに美しい風景があったのかと思わせる、しかも風景としての美にとどまらず、詩や物語や魂の深みに誘うような、独特の不思議な美しさがある。

久しぶりにウェブサイトを訪ねてあちこち見ていたら、彼に色覚障害があると書かれていてビックリした。
あの美しい森の緑色が、彼には見えていない....?
https://kilianschoenberger.de/portfolio/waldfotografie/色彩は風景に属していて、画家のように自分で色を作る必要はないので影響はないのだろうが...
色覚障害のある人は薄明時の視覚に優れていて、本人はそれはむしろ自身の強みだと言っている。
北欧では男性の10%ほどが色覚障害と言われている(日本では5%くらい)。
それについては以前何かの番組でこう説明していた。
強い太陽光に照らされ、動植物が鮮やかな色彩を持つ南の地域と違って、一年中太陽の光がぼんやりと弱い高緯度地域では、色彩を識別するよりもむしろ明暗に敏感なほうが生存に有利だったので、そちらの能力が発達したのではないか、という話だった。
機能的なことで言えば、視細胞には明るいところではたらく錐体と、暗いところではたらく杆体があり、錐体には赤、緑、青の波長をそれぞれ感知する三種類がある。
そのうちのどれかに欠損があると、それに相当する色が見えにくくなる。
ちなみに私の母方の家系には色覚障害の遺伝があり、従兄弟たちのほとんどがそうだ。
それも今は個性の一種とされて、昔学校で受けた色覚検査というものも今ではやらなくなったらしい。
一般には何でも人数の多い方がノーマルとされるわけで、もしも数が逆だったとしたら、鮮やかな色彩を見る人は、奇妙な知覚をする人という扱いになっていたかもしれない。
視細胞の状態とは関係なく、気質に関するこんな話もある。
多血質の人の描く絵はカラフルで、憂鬱質の人が描く絵は色味が少なく、色彩よりも明暗や光に対する感受性が高いのだとか。
これはわかる。私もカラフルポップな絵を描こうと思えば描けないことはないけれど、無理して自分でないものを演じるような居心地の悪さを感じる。
強い光で照らすことで見えるものもあれば、薄明の中でだけ見えるものもあるのだ。
posted by Sachiko at 22:25
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