2025年12月31日

ブルカニロ博士・8

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「ぼくきっとまっすぐに進みます。きっとほんとうの幸福を求めます。」ジョバンニは力強く言いました。
「ああではさようなら。これは例の切符です。」
博士は小さく折った緑いろの紙をジョバンニのポケットに入れました。
そしてもうそのかたちは天気輪の柱の向こうに見えなくなっていました。
ジョバンニはまっすぐに走って丘をおりました。そしてポケットがたいへん重くカチカチ鳴るのに気がつきました。林の中でとまってそれをしらべてみましたら、あの緑いろのさっき夢の中で見たあやしい天の切符の中に大きな二枚の金貨が包んでありました。

「博士ありがとう、おっかさん、すぐ乳をもって行きますよ。」
ジョバンニは叫んでまた走りはじめました。何かいろいろなものが一ぺんにジョバンニの胸に集まってなんとも言えずかなしいような新しいような気がするのでした。
琴の星がずうっと西の方へ移ってそしてまた夢のように足をのばしていました。
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ブルカニロ博士の話はここで終わる。
最初に書いたように、第四次稿の次の二つの文のあいだに、文庫版で4ページほどにもなる深遠な物語が挿入されていたのだ。
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もうそこらが一ぺんにまっくらになったように思いました。

ジョバンニは眼をひらきました。もとの丘の草の中につかれてねむっていたのでした。
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不意に現れて、あっという間に天気輪の向こうに見えなくなった博士は何者だったのか、どこか人間を超えた存在のように見える。
ブルカニロ博士は、エンデの『モモ』に出てくるマイスター・ホラに似ているという話があるが、私もそう思った。

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・・するといきなりジョバンニは自分というものが、自分の考えというものが、汽車やその学者や天の川や、みんないっしょにぽかっと光って、しいんとなくなって、ぽかっとともってまたなくなって、そしてその一つがぽかっとともると、あらゆる広い世界ががらんとひらけ、あらゆる歴史がそなわり、すっと消えると、もうがらんとした、ただもうそれっきりになってしまうのを見ました。だんだんそれが早くなって、まもなくすっかりもとのとおりになりました。
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この箇所など、モモがマイスター・ホラの腕に抱かれて見た「時間の花」が次々と咲いては消える池の情景を思わせる。これは、賢治もエンデも、ある同じ根源に触れたことで似た表現になったのだろうか。

そうしてジョバンニが元の場所に戻った時、そこでは星の位置はさっきとそれほど変わっていないようだった。
ブルカニロ博士の話も銀河鉄道の旅も、夢と言ってしまうにはあまりに深く、ジョバンニは肉体を草地に置いたまま時空を超えた魂の体験をしていたというのが確かな気がする。

宮澤賢治はなぜブルカニロ博士の話を削除してしまったのだろう。
『銀河鉄道の夜』自体が未完ということなので、もっと長く生きていたらさらに改稿が重ねられて、どこかで再びブルカニロ博士が復活することもあったかもしれない。
  
posted by Sachiko at 22:08 | Comment(0) | 宮澤賢治
2025年12月29日

ブルカニロ博士・7

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「さあ、切符をしっかり持っておいで。おまえはもう夢の鉄道の中でなしにほんとの世界の火やはげしい波の中を大股にまっすぐに歩いて行かなければいけない。天の川のなかでたった一つの、ほんとうのその切符を決しておまえはなくしてはいけない。」

あのセロのような声がしたと思うとジョバンニは、あの天の川がもうまるで遠く遠くなって風が吹き自分はまっすぐに草の丘に立っているのを見、また遠くからあのブルカニロ博士の足おとのしずかに近づいてくるのをききました。
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『ジョバンニの切符』という章の中に、ジョバンニがいつの間にか持っていた緑色の切符のことが出てくる。
それを見た鳥捕りがこう言った。

「・・・こいつはもう、ほんとうの天上へさえ行ける切符だ。天上どこじゃない、どこでも勝手にあるける通行券です。こいつをお持ちになれぁ、なるほど、こんな不完全な幻想第四次の銀河鉄道なんか、どこまででも行けるはずでさぁ」

この緑色の切符はジョバンニだけが持っていたようだが、自分ではどこで手に入れたのだったかわからない不思議な切符だ。
そしてこれは、けっしてなくしてはいけない、ただひとつのほんとうの切符らしい。ブルカニロ博士という名前はここで初めて出てくる。

切符についてのアレゴリー的な解釈は不要だろうと思う。
ほんとうの幸福を探す旅に必要な、大切な切符なのだ。

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「ありがとう。私はたいへんいい実験をした。私はこんなしずかな場所で遠くから私の考えを他人に伝える実験をしたいとさっき考えていた。おまえの言った語はみんな私の手帳にとってある。さあ帰っておやすみ。

おまえは夢の中で決心したとおりまっすぐに進んでいくがいい。そしてこれからなんでもいつでも私のとこへ相談においでなさい。」
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博士は夢と言っているけれど、文字通りの夢とは思えない。博士のテレパシー実験のようなことらしいが、それ自体何がどうなっているのかどうもよくわからない。
この“夢”の中では、ジョバンニはいつでも相談に行けるように博士の居所も知っているのだろうか。

カムパネルラや、汽車の中で会ったさまざまな人たちも、テレパシー実験の入れ子のようになっているのか...
全体がやはり、夢と言い切れない深く壮大な魂の旅に見える。

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余談:この記事で、記事数999(スリーナイン)になった♪
  
posted by Sachiko at 22:52 | Comment(0) | 宮澤賢治
2025年12月18日

ブルカニロ博士・6

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「さあいいか。だからお前の実験は、このきれぎれの考えのはじめから終わりすべてにわたるようでなければいけない。それがむずかしいことなのだ。けれども、もちろんそのときだけのでもいいのだ。
ああごらん、あすこにプレシオスが見える。おまえはあのプレシオスの鎖を解かなければならない。」
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プレシオスの鎖とは何かについてはどうやら昔から各方面で論議の的らしいのだけど、結局はっきりしたことはわからない。
プレシオスはプレアデスのことで、旧約聖書のヨブ記に出てくるプレアデスの鎖のことだという説もある。

 あなたはプレアデスの鎖を結ぶことができるか
 オリオンの綱を解くことができるか(ヨブ記38-31)

プレアデスの鎖は解くのではなく「結ぶことができるか」と問われている。ヨブ記のこの箇所もさまざまな解釈があるが、本筋から外れるのでここではこれ以上追わない。

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そのときまっくらな地平線の向こうから青じろいのろしが、まるでひるまのようにうちあげられ、汽車の中はすっかりあかるくなりました。そしてのろしは高くそらにかかって光りつづけました。
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ここであらためて、ジョバンニがまだ銀河鉄道に乗ったままだったことに気づく。カムパネルラと入れかわりに現れた不思議な人物が語る話がずっと続いていたのだ。

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「ああマジェランの星雲だ。さあもうきっとぼくはぼくのために、ぼくのおっかさんのために、カムパネルラのために、みんなのために、ほんとうのほんとうの幸福をさがすぞ。」
ジョバンニはくちびるをかんで、そのマジェランの星雲をのぞんで立ちました。そのいちばん幸福なそのひとのために!
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みんなのほんとうの幸福とは何か、答はすでに問いの中にあるという。

“いちばん幸福なそのひとのために”
いちばん幸福な姿のジョバンニ自身、お母さん、カムパネルラ....
いつもいちばん幸福でいるその人を思うことの中に、すべての人の幸福を探そうというその意志と心情の中に、幸福の姿をしたものがきっと見出せるだろう。
  
posted by Sachiko at 14:00 | Comment(0) | 宮澤賢治
2025年12月06日

ブルカニロ博士・5

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そのひとは指を一本あげてしずかにそれをおろしました。
するといきなりジョバンニは自分というものが、自分の考えというものが、汽車やその学者や天の川や、みんないっしょにぽかっと光って、しいんとなくなって、ぽかっとともってまたなくなって、そしてその一つがぽかっとともると、あらゆる広い世界ががらんとひらけ、あらゆる歴史がそなわり、すっと消えると、もうがらんとした、ただもうそれっきりになってしまうのを見ました。だんだんそれが早くなって、まもなくすっかりもとのとおりになりました。
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この箇所は、「春と修羅 序」を思い起こさせる。
この詩をまた別の言葉で表しているかのようだ。


  わたくしといふ現象は

  假定された有機交流電燈の

  ひとつのい照明です

  (あらゆる透明な幽靈の複合體)

  風景やみんなといっしょに

  せはしくせはしく明滅しながら

  いかにもたしかにともりつづける

  因果交流電燈の

  ひとつのい照明です

  (ひかりはたもち その電燈は失はれ)

  それらも畢竟こゝろのひとつの風物です

  (すべてがわたくしの中のみんなであるやうに

   みんなのおのおののなかのすべてですから)


自分という存在が、他の全てといっしょに光っては消え、また光っては消え、それらすべてを包む大いなる時空もまたそのように光っては消え....

何度読んでもこれはもう、何か感想を述べようとすることもいらない、ただただそうあるとおりにあって、---すっと消えると、もうがらんとした、ただもうそれっきり---を感じるしかない。
 
posted by Sachiko at 16:06 | Comment(0) | 宮澤賢治
2025年11月22日

ブルカニロ博士・4

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いいかい、これは地理と歴史の辞典だよ。この本のこのページはね、紀元前二千二百年の地理と歴史が書いてある。よくごらん、紀元前二千二百年のことでないよ。紀元前二千二百年のころにみんなが考えていた地理と歴史というものが書いてある。

だからこの本のページ一つが一冊の地理の本にあたるんだ。いいかい。そしてこの中に書いてあることは紀元前二千二百年ころにはたいていほんとうだ。さがすと証拠もぞくぞくと出ている。けれどもそれが少しどうかなとこう考えだしてごらん、そら、それは次のページだよ。
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ここに書かれていることを、紀元2025年と置き換えてみよう。
2025年のことではなく、2025年にみんなが考えていること、だ。
それらは2025年ころには大抵ほんとうらしく、最新の科学で証明された!という証拠を示すこともできるだろう。

こうして現在正しいと言われていることも遠からず別の考えに取って代わられ、歴史を俯瞰して見ると、悠久の変化の中の今なのだと知る。

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紀元一千年。だいぶ、地理も歴史も変わってるだろう。このときにはこうなのだと変な顔をしてはいけない。ぼくたちはぼくたちのからだだって考えだって、天の川だって汽車だって歴史だって、ただそう感じているのなんだから、そらごらん、ぼくといっしょにすこしこころもちをしずかにしてごらん。いいか。」
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その大きな本にはきっと、遠い過去だけでなく、遥か未来のことまでも書かれているような気がする。宇宙全体の時空を見渡す目によって。
 
posted by Sachiko at 21:41 | Comment(0) | 宮澤賢治