「リビイが見た木の妖精」(ルーシー・M・ボストン)より。
リビイがジューリアに呼ばれて目を覚ますと、ほかには誰もいなかった。
ジューリアの弟のチャールズが帰って来たという。
「きょうは家へかえる日だっていうこと忘れてた?
まあ、おかしな子。ヘヤーブラシの上に寝ていたの?」
ジューリアはブラシに長い深緑の毛が1本ついているのに気がついたけれど何も言わなかった。
朝ごはんのテーブルで、リビイはチャールズと向き合って座っていた。
「ねえさんが、あなたは幸運な子だっていってるよ。」
リビイはぎくりとしたが、用心深く、庭の木について尋ねた。
「もしこの世にドリュアースがいるとしたら、ここの木は木の精のすみかになりますか?」
チャールズが見せてくれたのは、シナノキの若木だった。
あとでチャールズが“くものす”との散歩から戻ると、木の幹に緑の髪がひとふさ留めてあり、張り紙には「予約済」と書かれていた。
----------
リビイはドリュアースに会い、ジューリアさんもチャールズも、ドリュアースが存在することを知っている。ここは、ごく自然にドリュアースが棲む田園だ。
その自然さは、キツネや野ネズミや小鳥たちがいる世界と地続きに、あたりまえにドリュアースも棲んでいるかのようだ。
最後に、さらさら川にお別れを言いに行くと、倒れた木が横たわっている以外は、水が引いていつもの夏の姿に戻っていた。
そうしてまた長い車の旅が終わり、リビイはロンドンの家に帰った。
あんなにたくさんの素晴らしい冒険をしたのに、お母さんにうまく話すことができない。
「あのね、“くものす”っていう犬がいたの」
やっとこれだけを言って、あとは心の中にしまっておくことにした。
田園で過ごした一週間ほどの時間に、自然の美しさ不思議さと子ども時代の輝きがいっぱいに詰まっている。
心の中に大切にしまったそれは、生涯輝きを失わないだろう。
このお話を書いた時、ルーシー・M・ボストンは79歳。リビイがうまく話せなかった冒険は、みずみずしい物語となった。
作品の原題は「NOTHING SAID」である。
2024年11月19日
新しい木
posted by Sachiko at 21:47
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| ルーシー・M・ボストン
2024年10月24日
緑色の長い髪
「リビイが見た木の妖精」(ルーシー・M・ボストン)より。
家に戻ってお茶の時間が済んだあと、みんなは気がかりだった木のようすを見にでかけた。
土手の下は削り取られ、地割れも大きくなっていた。
激しい風が吹いて木は大きな音を立てて倒れた。
ジューリアさんはため息をついた。
「もう二度と月があの木を照らすことはないんだわ。」
その夜リビイは寝つけなかった。
ベッドから出て庭を見に行くと、月光が美しく木立を照らしていた。
“くものす”を呼んで伸ばしたリビイの手に触れたのは、地面にうずくまっている少女だった。すぐに、誰だかわかった。
カーテンの木のもようの中に見えた顔、陶製の置物のドリュアース....
そしてついに、リビイは本もののドリュアースに会う。
庭に出る前、なかなか寝付かれなかったリビイは、夢とうつつが交じりあっていた。
このドリュアースは夢?それとも....
『グリーン・ノウ』もそうだったように、現実からファンタジーへ、グラデーションのように移っていくプロセスは、ルーシー・M・ボストンならではの自然さに見える。
リビイは泣いている少女をなぐさめながらベッドに連れていき、樹のもようのカーテンを閉めた。
そして少女の長い髪をブラシでとかしつけているうちに少女は眠ってしまい、リビイもこの子といっしょに眠った。
リビイにとって、ドリュアースがそこにいることがあまりにも自然に見えるこの夜の出来事は、なんとも不思議で純粋に美しい。
大きな木を失って悲しんでいる、浅黒い肌と濃い緑色の髪の少女。
ジューリアさんが紹介してくれた陶製のドリュアースの姿そのものだ。
この世界と、その背後にある別の世界とのはざまで、時に不思議なものたちが一瞬姿を見せる。
ほんものの田園には、そんなあいまいな空間があちこちに開いているにちがいない。
家に戻ってお茶の時間が済んだあと、みんなは気がかりだった木のようすを見にでかけた。
土手の下は削り取られ、地割れも大きくなっていた。
激しい風が吹いて木は大きな音を立てて倒れた。
ジューリアさんはため息をついた。
「もう二度と月があの木を照らすことはないんだわ。」
その夜リビイは寝つけなかった。
ベッドから出て庭を見に行くと、月光が美しく木立を照らしていた。
“くものす”を呼んで伸ばしたリビイの手に触れたのは、地面にうずくまっている少女だった。すぐに、誰だかわかった。
カーテンの木のもようの中に見えた顔、陶製の置物のドリュアース....
そしてついに、リビイは本もののドリュアースに会う。
庭に出る前、なかなか寝付かれなかったリビイは、夢とうつつが交じりあっていた。
このドリュアースは夢?それとも....
『グリーン・ノウ』もそうだったように、現実からファンタジーへ、グラデーションのように移っていくプロセスは、ルーシー・M・ボストンならではの自然さに見える。
リビイは泣いている少女をなぐさめながらベッドに連れていき、樹のもようのカーテンを閉めた。
そして少女の長い髪をブラシでとかしつけているうちに少女は眠ってしまい、リビイもこの子といっしょに眠った。
リビイにとって、ドリュアースがそこにいることがあまりにも自然に見えるこの夜の出来事は、なんとも不思議で純粋に美しい。
大きな木を失って悲しんでいる、浅黒い肌と濃い緑色の髪の少女。
ジューリアさんが紹介してくれた陶製のドリュアースの姿そのものだ。
この世界と、その背後にある別の世界とのはざまで、時に不思議なものたちが一瞬姿を見せる。
ほんものの田園には、そんなあいまいな空間があちこちに開いているにちがいない。
posted by Sachiko at 22:04
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| ルーシー・M・ボストン
2024年10月07日
田園の精たち
「リビイが見た木の妖精」(ルーシー・M・ボストン)より。
ふたりは土手の大きな木を見に行った。
地割れは大きくなっていて、風が吹くとめりめりという音がした。
「倒れてはだめよ。しっかりがんばってね。」
ジューリアさんは木に声をかけた。
このあと滝を見に行くのだが、その道すがらの景色がすばらしい。
リビイはすべてのものが違った香りを持っているのを楽しむ。
ワラビ、イチイ、野バラ....ナナカマド、シモツケソウ...
石にさえ香りがある。
森の中は、木の葉や肥えた土の強い香りがする。そして滝の音。
リビイはこの水の音楽をいつまでも聴いていたいと思った。
「滝の精っている?」
「いるかもしれないわね。山の精ならきいたことがあるけど。」
ほんものの田園は、感覚を研ぎ澄ます。
植物や鳥や虫たちの名前を知らなくてもそれらを楽しむことができるけれど、知っていたら(単に知識としてでなく)、より親しいものに感じられる。名前を知っている友達のように。
--------------
いまではリビイには、岩にも、空気にも、水や木にも精がいて、それに、オオカミや、ヒキガエル、羊や、フクロウのすがたになってあらわれる精もいると思われてきました。
そんなふうに考えていくうちに、リビイはとほうにくれてしまい、もうこれ以上はたくさんだと思いました。
--------------
ジューリアさんが若きルーシー・M・ボストンを思わせるように、感受性豊かなリビイもまた、幼い頃のルーシー自身なのだろう。
かつて、子どもたちはもっとたくさんの生きものを見たことがあり、その名を知っていて、それらは子どもたちの生活に属していたはずだ。
田園の思い出は、乾いた体を潤す山の涌き水のように、魂を甦らせる気がする。
ふたりは土手の大きな木を見に行った。
地割れは大きくなっていて、風が吹くとめりめりという音がした。
「倒れてはだめよ。しっかりがんばってね。」
ジューリアさんは木に声をかけた。
このあと滝を見に行くのだが、その道すがらの景色がすばらしい。
リビイはすべてのものが違った香りを持っているのを楽しむ。
ワラビ、イチイ、野バラ....ナナカマド、シモツケソウ...
石にさえ香りがある。
森の中は、木の葉や肥えた土の強い香りがする。そして滝の音。
リビイはこの水の音楽をいつまでも聴いていたいと思った。
「滝の精っている?」
「いるかもしれないわね。山の精ならきいたことがあるけど。」
ほんものの田園は、感覚を研ぎ澄ます。
植物や鳥や虫たちの名前を知らなくてもそれらを楽しむことができるけれど、知っていたら(単に知識としてでなく)、より親しいものに感じられる。名前を知っている友達のように。
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いまではリビイには、岩にも、空気にも、水や木にも精がいて、それに、オオカミや、ヒキガエル、羊や、フクロウのすがたになってあらわれる精もいると思われてきました。
そんなふうに考えていくうちに、リビイはとほうにくれてしまい、もうこれ以上はたくさんだと思いました。
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ジューリアさんが若きルーシー・M・ボストンを思わせるように、感受性豊かなリビイもまた、幼い頃のルーシー自身なのだろう。
かつて、子どもたちはもっとたくさんの生きものを見たことがあり、その名を知っていて、それらは子どもたちの生活に属していたはずだ。
田園の思い出は、乾いた体を潤す山の涌き水のように、魂を甦らせる気がする。
posted by Sachiko at 22:33
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| ルーシー・M・ボストン
2024年09月14日
ほんものの田園
「リビイが見た木の妖精」(ルーシー・M・ボストン)より。
土手に行かなかったことについてリビイは、「あたし、あの川、こわいの」と言った。
---------------
・・・あなたが指図できないものは、みんなこわいのかしら?
気をつけないと、おとなになったとき、「なんとか委員」になるわ。
・・・
わたしは、委員会なんてものできめられないことがあるって、いいことだと思うの。
---------------
ジューリアさんはこうして、指図したがる人が持つ隠れた恐怖をさらりと言ってのける。自由な想像力と自然を愛するジューリアさんの意志は強い。
昔、ルーシー・M・ボストンの自伝(「意地っぱりのおばかさん」というタイトルだったと思う)を読んだことがある。
ジューリアさんは若きルーシーであり、『グリーン・ノウ物語』のオールドノウ夫人は円熟したルーシーだ。そのどちらも魅力的だ。
ジューリアとリビイはいっしょに土手に行き、小道の地割れが大きくなっているのを見た。
--------------
「木の下の、ここが、ニンフたちがいるとおっしゃった淵じゃないの?」
ジューリアの、おどろくほど、きらきらした目は、いつもなにか深い興味をひくものをみつけますが、それが人間であったことはなさそうです。
でも、ジューリアは、どんなことでも、よろこんで話してくれます。
「あれがその淵だとは言わなかったわ。でも、そうであってもかまわない、と言ったのよ。」
--------------
夜、外には霧が立ちこめ、あやしげなかたちに動きだす。
リビイは安心して眠れるように、木のもようのカーテンをきっちりと引いた。
--------------
ほんものの田園は、なれない人にとっては、おそろしいほど、あらあらしいものです。
--------------
朝早く目を覚ますと、外ではまだ残っている霧がさまざまなかたちに揺れていた。“くものす”は、霧の影に吠えている。
風が霧を吹きのけると、そこにはしなやかなニンフたちが、“くものす”に誘いかけていた。
やがて太陽が、霧が見せた不思議なものたちを振りはらってしまった。
シュタイナーは、子どもが育つのに最も適した環境は田園だ、と言っていた。
自然が自由に生き生きとしていて、魂も自由に拡がっていく場所、不思議なものたちとも仲間になって、手を取りあってダンスができるような場所。それはほんものの田園にちがいない。
土手に行かなかったことについてリビイは、「あたし、あの川、こわいの」と言った。
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・・・あなたが指図できないものは、みんなこわいのかしら?
気をつけないと、おとなになったとき、「なんとか委員」になるわ。
・・・
わたしは、委員会なんてものできめられないことがあるって、いいことだと思うの。
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ジューリアさんはこうして、指図したがる人が持つ隠れた恐怖をさらりと言ってのける。自由な想像力と自然を愛するジューリアさんの意志は強い。
昔、ルーシー・M・ボストンの自伝(「意地っぱりのおばかさん」というタイトルだったと思う)を読んだことがある。
ジューリアさんは若きルーシーであり、『グリーン・ノウ物語』のオールドノウ夫人は円熟したルーシーだ。そのどちらも魅力的だ。
ジューリアとリビイはいっしょに土手に行き、小道の地割れが大きくなっているのを見た。
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「木の下の、ここが、ニンフたちがいるとおっしゃった淵じゃないの?」
ジューリアの、おどろくほど、きらきらした目は、いつもなにか深い興味をひくものをみつけますが、それが人間であったことはなさそうです。
でも、ジューリアは、どんなことでも、よろこんで話してくれます。
「あれがその淵だとは言わなかったわ。でも、そうであってもかまわない、と言ったのよ。」
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夜、外には霧が立ちこめ、あやしげなかたちに動きだす。
リビイは安心して眠れるように、木のもようのカーテンをきっちりと引いた。
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ほんものの田園は、なれない人にとっては、おそろしいほど、あらあらしいものです。
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朝早く目を覚ますと、外ではまだ残っている霧がさまざまなかたちに揺れていた。“くものす”は、霧の影に吠えている。
風が霧を吹きのけると、そこにはしなやかなニンフたちが、“くものす”に誘いかけていた。
やがて太陽が、霧が見せた不思議なものたちを振りはらってしまった。
シュタイナーは、子どもが育つのに最も適した環境は田園だ、と言っていた。
自然が自由に生き生きとしていて、魂も自由に拡がっていく場所、不思議なものたちとも仲間になって、手を取りあってダンスができるような場所。それはほんものの田園にちがいない。
posted by Sachiko at 22:00
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| ルーシー・M・ボストン
2024年08月30日
鏡の庭
「リビイが見た木の妖精」(ルーシー・M・ボストン)より。
さらさら川は水量を増して急流に変わり、川べりの大きな木は、水流によって根があらわになって強い風が吹けば倒れそうだった。
家のそばでは、芝生の下から水が上がってきて、庭は少しずつ水の下に沈んでいった。
この「鏡の庭」という章は、もしも書かれているままにその映像を思い描くことができるなら、物語の中でも特に神秘的で美しい。
ジューリアさんが、思い切り遊べるように家に入って洋服を脱ぎなさいと言ったので、リビイはビー玉の首飾りのほかは何も身に着けずに庭に出てきた。
三色すみれの花壇は水に沈み、枝を伸ばしたバラが水に映っている。
------------
あらゆるものが影を落としている庭なら、美しさは、ちょうど二倍になるはずだ、とリビイは思いました。
それに、とても不思議なことに、鳥は魚に見えるのです。
・・・
石垣に腰かけて、水に映る自分の姿を見ていると、緑のビー玉は糸にぶらさがって、まえのほうにゆれ、もうすこしで、その影にふれそうになりました。
-------------
リビイは水の中から野イチゴを見つけてジューリアさんに知らせた。
ジューリアさんから渡された陶製のかごにいっぱいイチゴを摘みながら、おとぎの国のようになった世界を見わたす。
リビイは家に戻り、イチゴは砂糖とクリームをかけて、スコーンといっしょにお茶の時間に食べることになった。
水に映った景色は、ただ逆さまになっているだけなのに、神秘的で特別な美しさを見せる。
家の周りで起こる洪水の話は『グリーン・ノウの子どもたち』でも出てくる。『グリーン・ノウの川』でも、子どもたちは、水が鏡のように静かになった場所で、楽しい時を過ごす。
それらはルーシー・M・ボストンがマナーハウスに住んで実際に体験したことなのだ。
私は子どもの頃、水に映った景色が大好きだった。
雨あがりの水たまりを覗きこんだときの、逆さまになった世界の不思議さ。家や木々や水の中の太陽も、すべて少し青みがかって、どこか日常とは違う場所のように見える。
緑色のビー玉だけを身につけたリビイは、いつもと違った姿を見せる庭で、妖精のように遊ぶ。しあわせな時間。
子どもの頃には、不思議で美しいものは至るところにあり、それは別の世界への扉のようだった。
さらさら川は水量を増して急流に変わり、川べりの大きな木は、水流によって根があらわになって強い風が吹けば倒れそうだった。
家のそばでは、芝生の下から水が上がってきて、庭は少しずつ水の下に沈んでいった。
この「鏡の庭」という章は、もしも書かれているままにその映像を思い描くことができるなら、物語の中でも特に神秘的で美しい。
ジューリアさんが、思い切り遊べるように家に入って洋服を脱ぎなさいと言ったので、リビイはビー玉の首飾りのほかは何も身に着けずに庭に出てきた。
三色すみれの花壇は水に沈み、枝を伸ばしたバラが水に映っている。
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あらゆるものが影を落としている庭なら、美しさは、ちょうど二倍になるはずだ、とリビイは思いました。
それに、とても不思議なことに、鳥は魚に見えるのです。
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石垣に腰かけて、水に映る自分の姿を見ていると、緑のビー玉は糸にぶらさがって、まえのほうにゆれ、もうすこしで、その影にふれそうになりました。
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リビイは水の中から野イチゴを見つけてジューリアさんに知らせた。
ジューリアさんから渡された陶製のかごにいっぱいイチゴを摘みながら、おとぎの国のようになった世界を見わたす。
リビイは家に戻り、イチゴは砂糖とクリームをかけて、スコーンといっしょにお茶の時間に食べることになった。
水に映った景色は、ただ逆さまになっているだけなのに、神秘的で特別な美しさを見せる。
家の周りで起こる洪水の話は『グリーン・ノウの子どもたち』でも出てくる。『グリーン・ノウの川』でも、子どもたちは、水が鏡のように静かになった場所で、楽しい時を過ごす。
それらはルーシー・M・ボストンがマナーハウスに住んで実際に体験したことなのだ。
私は子どもの頃、水に映った景色が大好きだった。
雨あがりの水たまりを覗きこんだときの、逆さまになった世界の不思議さ。家や木々や水の中の太陽も、すべて少し青みがかって、どこか日常とは違う場所のように見える。
緑色のビー玉だけを身につけたリビイは、いつもと違った姿を見せる庭で、妖精のように遊ぶ。しあわせな時間。
子どもの頃には、不思議で美しいものは至るところにあり、それは別の世界への扉のようだった。
posted by Sachiko at 22:15
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| ルーシー・M・ボストン