日本では兄と妹と訳されているけれど、どちらが年上なのかは明記されていないので、海外の絵本や演劇では「姉と弟」という描写になっていることもある。
きょうだいのどちらが年上なのか定かではないというのは、日本人の感覚としてはどうもモヤモヤする。
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「お母さんが亡くなってから、僕たちはちっとも幸せじゃないね」
兄は妹の手をとって言いました。
二人は継母につらく当たられ、ろくに食べるものももらえなかったのです。
二人は家を出て歩きつづけました。兄はのどがかわいてたまらず、泉をさがしました。しかし悪い継母は魔女で、子どもたちの後をつけ、泉に魔法をかけていたのでした。
妹には、その水を飲むと獣になってしまうという泉のささやく声が聞こえたので、兄を止めました。
三つ目の泉に来たとき、妹は「私の水を飲む者はシカになる」という声を聞き「お兄ちゃん、飲まないで。さもないとシカになって逃げてしまうわ」と言いましたが、兄は聞かずに水に口をつけたとたん、子鹿の姿になっていました。
妹はシカを連れて森の奥へ進み、空家をみつけてしばらくそこで暮らしました。
あるときこの国の王さまがこの森で大がかりな狩りを催しました・・・・
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この物語には典型的なメルヒェンの要素がいっぱい詰まっている。
悪い魔女と子どもたちの受難、魔法で動物の姿に変えられること、王さまが現れて娘と結婚、魔女の娘が偽のお妃になりすます、“三度”の繰り返し、やがて真実が明らかになり魔女は罰を受けて死に、魔法が解ける.....
王さまがやって来た時、妹は結婚できる年齢になっている。兄妹はどのくらいのあいだ森で暮らしていたのか...などと考えるのは野暮というもの。
メルヒェンの時間はこの世の時計では計れない。そこには別次元の基準がある。
メルヒェンのヒロインも、王様や王子様も、この世の人間ではなく、宇宙の基準に従う深い魂のエレメントで、ゆえに時代や民族を超えた普遍性を持つ・・・などという解釈もまた野暮だろう。
ただこの彩り豊かなメルヒェンを楽しもう。
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『兄と妹』 https://fairyhillart.net/grimm1.html