2025年09月11日

アザミの冠毛

しばらく前からフワフワした綿毛のようなものが舞っていた。

ポプラの綿毛の季節はとっくに過ぎているし、何だろうと思っていたら、近くに生えているアザミの花が終わって白い綿毛になっているのが風でほぐれて飛んで行くのを見た。

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どこもかしこもトゲだらけのアザミだけれど、この冠毛は柔らかい。
アザミの冠毛といえば、こんなお話を思い出す。

『ノーム』の本の中に、ノームの妻はアザミの冠毛を梳いて繊維にして毛糸を作ると書かれている。

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ノームたちは自然と一体で、植物と親しく、互いに持てるものを分かちあう。アザミの冠毛の話も、そんな優しいつながりのひとつだ。


春はタンポポ、初夏はポプラ、初秋にアザミの冠毛が風に舞う。
そうして、冬には雪.....
もうすぐ、一気に気温が下がってきそうだ。

posted by Sachiko at 22:02 | Comment(2) | 自然
2025年08月24日

ケンタウル祭

『銀河鉄道の夜』に出てくるケンタウル祭というのはいつなのだろう。
イメージとしては夏の終わりから秋の初め頃だ。
学校が始まっているけれど、川遊びもできるのだからまだ寒くはない、9月初旬だろうか。

銀河鉄道の旅では「りんどうの花が咲いている。もうすっかり秋だねえ」というカムパネルラの言葉が出てくるので、9月中旬くらいかもしれない。

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子どもらは、みんな新しい折のついた着物を着て、星めぐりの口笛を吹いたり、「ケンタウルス、露を降らせ」と叫んで走ったり、青いマグネシヤの花火を燃したりして、たのしそうに遊んでいるのでした。

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ケンタウルス座は南半球の大きな星座で、場所にもよるが日本からは一部しか見えない。
南十字星の上にあるのだが、その南十字も、日本では沖縄の最南端の島にでも行かなければ見えない。

物語には、サウザンクロスの駅が出てくる。そこは天上へ行く通路らしかった。
たくさんの人がここで降りてしまい、汽車はがらんとして寂しくなった。
天上へ行く場所ですら、この銀河鉄道の終着駅ではないらしい。

カムパネルラはなぜここでは降りなかったのだろう、そしてどこへ行くのだろう。

「・・・あすこがほんとうの天上なんだ。あっあすこにいるのぼくのお母さんだよ」
カムパネルラは遠くのきれいな野原を指して叫んだ。
その場所は、ジョバンニには見えなかった.....

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「カムパネルラ、僕たち一緒に行こうねえ。」ジョバンニがこう云いながらふりかえって見ましたらそのいままでカムパネルラの座っていた席にもうカムパネルラの形は見えずただ黒いびろうどばかり光っていました。

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ジョバンニは、みんなのほんとうのさいわいをさがすために僕たちどこまでも一緒に進んで行こう、と言った。
そして「ああきっと行くよ」と答えたカムパネルラは、いなくなってしまった。

この孤独と喪失。はげしく泣きだしたところで、ジョバンニは元の丘の草地で目を覚ます。

銀河のお祭りらしいケンタウル祭がどんなお祭りなのかは最後までどうもよくわからない。アスパラガスの葉で飾られた星座早見盤やカラスウリの明かりなどが、不思議な詩情を醸し出している。


『銀河鉄道の夜』は何度も改稿されていて、ジョバンニがカムパネルラを見失ってから草地で目を覚ますまでのあいだに、ブルカニロ博士という人物との会話が入っている稿と、入っていない稿がある。

私が持っている一番古い本では入っている。この部分は味わい深くて好きなのだけれど、長くなるのでこのあたりの話はまた別の機会に。
 
posted by Sachiko at 21:57 | Comment(2) | 宮澤賢治
2025年08月06日

東山魁夷の水鏡

独特の青緑色と並んで、東山魁夷の絵には水に映った風景が多い。

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風景が、水面に逆さに映っている。
ただそれだけで、しん...と吸い込まれるような、深い不思議な気分が満ちる。

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水に映った景色は、内面の象徴だそうだ。
水面を覗き込むと、外界では遥かに見上げる空が、深く見下ろす彼方にある。木も建物も、すべてが逆さま.....

東山魁夷の水鏡は、見る人を自身の内側に誘う。
見知っている風景も水に映ると、見慣れないもののように別の姿を見せる。

そのように、知っていると思っている自分自身の、まだ知らない内側をのぞき込むように魂の鏡の淵に立つとき、深い水底に何を見出すだろうか.....

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posted by Sachiko at 22:15 | Comment(0) | アート
2025年07月25日

ウラギンヒョウモン

今年初めてやってきた、ウラギンヒョウモン。
特別珍しい種類ではないけれど、個体数はそう多くないそうだ。

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以前来ていた絶滅危惧のウラギンスジヒョウモンは、2年ほど見かけていない。ヒョウモンの仲間は、後翅の裏側の模様をよく見なければ種類がわかりにくい。

本州では高地にしか生息していないのに北海道では平地でも見られるという蝶は多い。
でもここ数年、とくに今年の暑さでは、それらの蝶もやがて山の上に生息地を移してしまうのではないか、うちの小さな庭にはいつまで来てくれるだろうか...と思う。

庭に来る昆虫や、夏の花、種から育てて実をつけてきた夏野菜。夜明けに聞こえるシジュウカラの声。
巷に溢れる情報の喧噪はもういい。自分の感覚で感じることのできる、こういう小さなリアルを大切に暮らしたいと思う。
 
posted by Sachiko at 16:24 | Comment(2) | 自然
2025年07月13日

緑の実

暑さの中、気がつけば花の季節から実の季節に移っている。
まだ色づかない実は、葉のあいだでひっそりと目立たない。

透明な薄緑がみずみずしいグースベリー。

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ブラックカラント、ラズベリー、ブラックベリー、リンゴンベリー...

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若いほおずき、姫リンゴ、ブドウ...

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まだ夏休みも始まっていないのに、次の季節の澄んだ空気がすうっとひとすじ吹き込んでくるような、緑の実。
 
posted by Sachiko at 22:19 | Comment(2) | 自然
2025年06月30日

「雪白と薔薇紅」

グリム童話『雪白と薔薇紅(Schneeweißchen und Rosenrot)』
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貧しい寡婦が小さな家で暮らしていました。
庭の二本のばらの木には、白い花と紅い花が咲きました。
 
寡婦にはこのばらのような、雪白とばら紅というふたりの子どもがいました。
ふたりともそれは気だてのよい善良な子どもでしたが、ばら紅は森や野原を駆け回るのが好きなのに対し、雪白のほうは少しおとなしく静かで、家にいてお母さんの手伝いをするのが好きでした。
 
仲良しのふたりは、よくいっしょに森へ行きました。
森の獣たちがふたりに危害を加えることはありませんでした。
  
森で夜になってしまったときには、並んで苔の上で眠りましたが、母親はそれを知っていたので心配することはありませんでした。
  
あるとき森で一夜を過ごし、夜明けに目を覚ますと、輝く白い服を着た美しい子どもが苔の寝床のそばにすわっていました......
  
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ある冬、熊が家に訪ねてきて子供たちと仲良くなり、春になると森へ出て行った。
夏、娘たちは困った事態に陥っている小人に会い、三度までも助けるが、恩知らずの小人は悪態をつく。
 
そこにやってきた熊が小人をやっつけると、魔法が解けて熊の毛皮が落ち、美しい王子が現われた。
小人に奪われていた宝も取り戻して、王子は雪白と結婚し、ばら紅は王子の弟と結婚した。


白いばらと紅いばらの美しいイメージ、そしてばらのような二人の少女のようすが可愛らしく、これも子供の頃好きなお話だった。

ここでも、悪い魔法によって動物に姿を変えられた王子が出てくる。
以前「魔法にかけられた王子」という記事で、動物に変えられた姿は、人間が本来あるべき状態にないことを意味しているということを書いた。(ヨハネス・シュナイダー「メルヘンの世界観」より)
そして魔法が解けたときに現れる人間は、王族の姿なのだ。

物語の中で、春になって熊が森に出て行くとき、戸口の鈎に引っかかって毛皮が少し切れる。そのとき雪白には、毛皮の裂け目から金が光ったように見えた。

毛皮が切れて、一瞬金の光が見える。これは何だかとても深い。
獣の姿の奥に、黄金の光を放つものが隠れている。
それを見たのは、内的な心のはたらきを持つ雪白だ。

シュナイダーの「メルヘンの世界観」ではこの物語にも触れられていて、悪い小人は、心の働きから切り離され頭でっかちで利己的な、人間の知性が独り歩きしたときの危険性を表わしているという。
その姿はまさに、現代の人間そのものだ。

知性と心のはたらきの結婚によって、統合された本来の人間性が現われる。この一見可愛らしい物語が、実は壮大な宇宙的人類史の行方を示唆していたのだとしたら、やはりメルヒェンは侮れない。
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《雪白と薔薇紅》 https://fairyhillart.net/grimm1.html

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posted by Sachiko at 21:57 | Comment(2) | メルヒェン